2度目のデビュー
1972年、芸名を井上陽水(ようすい)と改めて、シングル「人生が二度あれば」で再デビューします。

ここで陽水は歌唱に嗚咽を交えるなど、感傷を強調。
「人生が二度あれば」を編曲した星勝は、これ以後しばらく、陽水の作品の大部分を編曲することになります。
5月に『断絶』がリリースされると、『断絶』に収録された「傘がない」は富澤一誠などの批評家に注目されます。
翌1973年3月のシングル「夢の中へ」が初のヒット作となり、同年7月には初のライブアルバム『もどり道』がリリース。
人気上昇の切り口となった「夢の中へ」は、自身が「みんなで歌えるように作った」とコメントしている通り、とても明るくて親しみやすい曲です。




